------------------------------------------------------------------------ ●コラム:コンセプト? かくだよしあき ------------------------------------------------------------------------ それは何の為にやっているの? 本当に重要なことなのか? もともとの目的は何だったの? いつのまにかずれているんじゃない? 本当の目的は何だったの? 僕はコンセプトすなわち目的をとても重要だと考えている。 ある目的のために始めたことなのに、途中からその決めた具体的に行うこ とに集中するあまり、手段であった事が目的のように思えてきて、いつの まにか「目的のすり替えが起こっている」場合がある。 そして、本来の最終目的を忘れてしまっていることがある。 僕が中学生のとき、こんなアルバイトをしたことがある。 寝たきりのおじいちゃんのところに、ブザーを取り付ける仕事だ。 一人暮らしのおじいちゃんに、もしものことがあった時に人に知らせるた め、手元にスイッチを取り付け、押すと表のブザーが鳴る仕組みである。 その手許スイッチと表のブザーを取り付け配線をするバイトで、1日に数 10件の取り付けを行うのだ。 おじいちゃんの所に行くと、ひどいもんだ。だいたい、六畳一間ぐらいの 端っこの方に布団が引いてあって、その上で寝ているのだけれど、もう何 日も動いていない感じで、布団が引いてあるところがへこんでいた。 そして、布団の周りに水や紙や便器などがおいてあって、もうしばらく、 人が来ていない感じがする。凄いところだ。 そんなところにスイッチとブザーを付ける。 誰が作ったか解らないけどマニュアルがあって、その通りにする。高さや 距離などが明確に書いてある。 しかし、その通りやると本当の目的は達しない。 マニュアル通りにしてもおじいちゃんはブザーを押せないのだ。 だって、手が上がらない人もいれば、寝返りができない人もいて、さらに は指が握れない人もいる。 しかし、マニュアル通りにやらないとお金をもらえないので、取りあえず その通りにやって報告書用の写真を取って、そして、僕たちは本来の目的 であろうおじいちゃんが押せるような所にスイッチを設置したのだ。 このマニュアルに問題がある。そして大事な言葉が抜けている。 「コンセプトだ!!」 ブザーの設置の高さや長さなどばかり書いてあって、肝心の「おじいちゃ んがブザーを鳴らせること」というのが抜けている。 他のチームの人に聞くと、「お金がもらえないからマニュアル通りにした」 と言っていた、しかし、それではおじいちゃんはスイッチを押せない 実際は何の役にもたたないのだ。 しかし、このシステムにはもっと根本的な問題があった。 僕たちは、通電テストの為に何回もブザーを鳴らす。最初は、誰かがびっ くりして、入ってきたり通報されたりしたら嫌だと思って、ひとりが表に 立って見張っていた。 しかし、しばらくやると見張りがいらないことに気がついた。だって、誰 も出てこないし、助けにも来ない。救急車もこないのできっと通報もされ なかったんだろう。 いったい、このシステムは誰のために、何のためにやったものなんだろう。 僕たちは結構儲かったが、その上の人はもっと儲かったと言っていた。 きっと、その上はもっともっと儲かったんだろうなぁと、今思う。 本来の目的である「一人暮らしのおじいちゃんの緊急時に対応できるシス テム」が、途中からは目的がブザーを取り付ける仕事に変わっていた。 マニュアルには、スイッチとブザーの取り付け方が書かれているだけだ。 「何のために取り付けるのか?」「取り付けたあとの周りへの対応は?」 などは、何も書かれていない。気がついたら、ただのブザー取付の仕事に 替わっていた。 結局、気が付かないうちに、最終的な目的、一番大事なコンセプトを忘れ てしまって、目的のすり替えが起こってしまったのだ。 僕は自分がそんな事にならないように、いつもコンセプトを大事にして、 自分を見失わないようにしている。 だから、言葉としてのスローガンではなく、そのコンセプトを決めたとき の気持ちや感情までも書き留めておくようにしている。 そうすることで、本当のコンセプトを思いだせる気がするからだ。 そう!! だからもう一度考えてみよう。 それは何のためにやっているのか? それを続けると本当に目的が達せられるのか? それは、目的なのか手段なのか? そして、それを行っている姿は自分の理想とする姿か? それは、自分にとって「楽しいか?」「誠実か?」 何のために生きているのか? 自分が生きるための目的は? 手段が目的になっていないか? 本来の目的は? コンセプトは? 常に自問自答して、問いただし、ずれているときは修正しながら、 生きていたいと思う。 |
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